【考察】『運』がいい理由を考えてみた

lucky 雑記
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突然だが、読者諸君は運がいい方だろうか、悪い方だろうか。

自慢になってしまうのだが、拙者はすこぶる運がいいタイプの生命体である。

 

くじ引きはよく当たるし、信号にもほとんど引っかからない。

ソシャゲでSSRを引きまくる性質の悪い無課金ユーザーとは拙者のこと。

 

『運』

それは試行回数がもたらした結果。

それは人知の及ばぬ神秘の力。

 

『運』とは一体なんなのだろうか。

唐突に始まる拙者の考察にぜひお付き合いくだされ。

『運がいい』と感じたエピソード

自分のことを運がいいなどと、胡散臭いが過ぎる拙者でござる。 

まずはとりあえず体験談を挙げさせてくれ。

抽選・くじ引き系

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言うまでもなくおみくじは大吉しか出なし、ライブのチケットもよく当たる。

家族曰く、拙者の名前で応募すると懸賞に当たることが多いのだとか。

 

また、学生時代の剣道部では、試合のトーナメントくじを拙者が引くと必ずいいブロックが当たり、そこそこいい結果を残せるというジンクスがあった。

一年で一番大きな夏の大会に至っては、当校のチームは地方大会で敗退した。

しかし敗者復活戦にて、補欠もといくじ引き係の拙者が人員不足のチームを引き当てたため、なんかサクッと全国大会に行くことができた。

チームからは感謝されたものの、敗復戦に参加していた他の強豪校からはしばたく恨まれた拙者でござった。

 

ガラガラ抽選会(正式名称:新井式回転抽選器)では金の玉が出たこともある。

景品はおせち料理で、年の瀬にちゃんと配達された。

 

個人的に一番恩恵を受けているのは、冒頭でも触れたソシャゲでござる。

ソシャゲをやり始めた当初は、なぜ「課金」というシステムがあるのか、その必要性を理解することができないくらいレアカードを引いていた。

 

拙者と姉は同じゲームをしていたのだが、姉の所持カードを見せてもらうとあまりのレアカードの少なさに驚いてしまった。

反対に姉はと言うと、拙者の所持カードを見て「課金してる?」と聞いてきた。

 

拙者としては、「ガチャを引けばSSR(スーパー・スペシャル・レア)カードは出るもの」と思い込んでいたので、つい「なんでレアカードないの?」と聞いてしまった。

あれは我ながら無神経だったと思う (´・ω・`)

 

詫びと言ってはなんだが、代わりに姉の端末で10連ガチャを引くと、なんと4枚がSSRという結果(笑)

姉

SSRって都市伝説じゃなかったんや!

 

確率設定があるとはいえ、同じゲームをしていてここまで違うとは驚きでござる。

タイミングのよさ

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これは運というか、タイミングがいいと感じる括りになる。

 

代表的な例だと、普段は行列と言われるお店でもサクッと入ることができる

これは、一緒にご飯を食べに行ったときに姉や友だちに言われることが多い。

 

姉

このお店、予約制じゃない上にいつ行ってもすごく並ぶねん。

もしかしたら40分くらいならばなあかんかも……

店員さん
店員さん

お待ちのお客様ですか?

どうぞお入りください!

姉

嘘やろ⁉

今までこんなことなかったのに……

 

ということが頻繁にあり、今となっては「拙者が来るならどうせ並ばないだろう」と待ち時間ナシ前提のスケジュールを組んでくる。

拙者は方向音痴なだけでなく店選びのセンスもないため、姉と出かけるときは何も担当しないことが多い。

財布も開けないので要はヒモでござる。

しかし、拙者の役目はとりあえず現地に行ってその運のよさを発揮するのが仕事なので問題ない(笑)

 

人にはそれぞれ輝く場所があるということでござる。(たぶん)

 

他にも、信号にほとんど引っかからなかったりする

 

拙者としては酔うので嫌なのだが、母は拙者を助手席に乗せるのが好きでござる。

拙者を乗せていると信号にほとんど引っかからず、移動時間やガソリンを節約できるんだとか。

いつも40分以上かかる行き先に15分で着くことができたり、すごい時では家から目的地まで一度も信号で止まらなかったことがある。

 

これは自分で運転していても起る現象なのでかなり自覚している。

運転免許を取るために路上教習をしていた頃、1コマ中一度も信号に引っかからないので教官に驚かれた。

 

教官
教官

信号で止まるための練習にならへんな(笑)

 

拙者だって赤信号で止まりたいよぉぉぉぉぉおおおお!!!!!

  

母を始めとする運転に慣れている人は、信号で止まらずに済むととても喜ぶ。

しかし、ペーパードライバーの拙者としては、そこそこの頻度で赤信号に引っかかって休憩したいのでござる。

ノンストップで運転し続けるのは精神的にも身体的にもしんどすぎる……。

 

運転好きな人に譲渡したいタイプの運でござる。

「運が良すぎる=胡散臭い」⁉

suspect

 

さて、ここまで読むと「運がいい自慢かよ」と思われるかもしれない。

しかし、やたら運がいいということにも予想外の角度からのデメリットがある。

 

「胡散臭い」と思われるのでござる。

 

前の会社に勤めていたとき、複数の転職エージェントと面談をした。

多くの場合、「あなたの長所はなんですか」とか「成功体験とその原因を教えてください」と言われる。

 

もうお気付きだろうが、拙者の成功体験と言えば運絡みなのでござる。

 

拙者はそもそも、競争が苦手な上にハングリー精神もない。

しかも協調性皆無で、チームに入れても反乱分子か暴君になるのがお決まり。

 

「努力・友情・勝利」という週刊少年ジャンプのスローガンに反する生き物でござる(´・ω・`)

 

ゆえに、競争社会や集団社会で結果を出せないことが多いのだが、ごく稀に結果を出せることがある。

それが、運が自然にフル活用された出来事の数々でござる。

 

これらを他人に説明しようとすると

 

拙者
拙者

成功体験は○○でござる!

その秘密と拙者の長所は「運がいいこと」でござる!

 

エージェント
エージェント

なんだこの怪しい奴……

まともな社会人の言葉じゃねぇ

 

となるわけでござる。

実際に、エージェントの中でも正直な意見をくれた人は「それはちょっと長所としてはアピールし辛いですね……」とできるだけ優しく伝えてくれた。

 

エージェントさん、気ぃ使わせてすまん。

 

他にも「運がいい=努力していない」と思われることだってある。

いや、まじで努力せずに運のよさだけで人生イージーなら、競争社会でこれほど苦しんでないでござる。

 

また、運のよさを自覚してからは、ちょっとした抽選会や懸賞も参加しないようにしている。

心の底から欲しいと思っていないのに軽い気持ちで景品を当ててしまって、本当に欲しかった人が当てられる確率を下げてしまっては心苦しいことこの上ない。

ラッキーになれる人を減らさないために、本当に欲しいと思ったものにだけ応募するようにしている。

体験談を経て

念のためお伝えしておくと、常にどんな時もラッキーというわけではない

ここまでの人生で「なんで拙者が」と思うような理不尽はあったし、悲しい出来事だって起こる。

 

抽選だって百発百中というわけではない。

ただ、場所や環境を変えても「運がいい」と周囲の人々から言われるのでござる。

 

実際、「運がいい」とは言っても、ガラガラで金の玉というそこそこ派手なものから、おみくじなどの誰にでも起こりそうな素朴なものまで幅広い。

読者諸君も少しは「これくらいなら自分も一つは当てはまる」と共感できるものがあったのではないだろうか。

 

ただ、上記に羅列したもの以外にも、日々「運がいいな」と思うことが頻繁にある。

はたしてこれは、拙者の思い込みか、それとも何かメカニズムがあるのか?

なぜこんなに運がいいのか?

そもそもなぜ拙者はここまで運がいいのだろうか。

拙者の素人持論が暴走しては止められないので、まずは学術的な研究を紹介する。

 

イギリスの心理学者リチャード・ワイズマン博士による「幸運な人」と「不運な人」の研究がある。

研究の結果博士は、幸運な人には共通する4つの原則があることを発見した。

 

ここからはこの法則を指標にしつつ、さらにはちょっと怪しめスピリチュアル視点から考えていく。

第1法則:チャンスを最大限に広げる

ワイズマン博士によると、運が良い人は多くの人と出会ったり付き合いの輪を広げることで、偶然のチャンスに出会う確率を高めているらしい。

また、日々気楽に過ごすことで視野が広がり、身近なラッキーに気付きやすくなるのだそう。

 

拙者的にはこれにはちょっと当てはまらない部分がある。

 

皆さんお気付きだろうが、コミュ障陰キャ侍である拙者は人との繋がりを増やしたり広げたりしていない。

ただ、「とりあえずやってみよう」精神でボッチ行動することはあるし、飽き性と知りつつ興味のあることはつまみ食いする。

 

一方で、気楽に過ごすと結果的にラッキーに気付くことができる、というの考えにはかなり同意している。

そう思う典型的な一例が「エンジェルナンバー」でござる。

 

拙者は日頃、ゾロ目を見かけることが多い。

ふと確認した時刻や車のナンバープレート、レシートなど。

 

一時気になって調べてみたところ、ゾロ目や誕生日に関わる数字などをスピ界隈では「エンジェルナンバー」と呼ぶらしい。

この「エンジェルナンバー」を見かけた人は、運気が高まっていたり、宇宙と近付いているんだとか……。

 

しかし、拙者の持論としては、エンジェルナンバーとはそういった理屈ではない。

 

ゾロ目や誕生日の数字の並びといった、「割とどうでもいいけどちょっと面白いこと」。

そのこと気付くことができるということは、それなりに精神的に余裕のある状態だと考えられる。

そして、心に余裕があるときは新しいことを発見したり挑戦したりすることができる。

 

つまり、「意味深な数字を見たから理屈抜きでラッキー」という短絡的な話ではなく、小さな幸せを見逃さない精神状態でいることが幸運に繋がる行動を取るための最低条件になっているというだけのことでござる。

そして、その精神状態を端的に言い表したのが「気楽」でござる。

 

人付き合いに関してはまだまだ議論の余地があると個人的に思うが、それは第1法則である「チャンスを最大限に広げる」方法が拙者とその他の運の良い人とでは違うのかもしれない。

拙者としては人付き合いをすることで「本当によかったな」と思えたことが特にないので、もしかしたら人付き合いの質そのものが悪いのかもしれぬ。

 

それか拙者の人格に問題があるか(笑)

 

いずれにせよ、気楽に構えることを筆頭に、チャンスに気付くことのできる状態でいるのがポイントでござる。

第2法則:虫の知らせを聞き逃さない

研究によると、運が良い人は自分の中の「なんとなく」を信じることができる一方、運が悪い人は直感や本能を無視した結果悔やむことになってしまうそうでござる。

 

これはちょっと分かる。

 

拙者が思うに、知的生命体として生まれた以上、考えることは重要であり素晴らしく価値のあることだと思う。

同時に、考えることができるということは、偏った見方に寄せたり思い込みを生んだりできるということ

そういった、人間特有の厄介なことを無意識でもできるということでござる。

 

屁理屈をつけて事実を捻じ曲げたり拡大解釈できてしまうのが人間でござるからな。(突然の自己紹介)

 

また、考えることの悪い面は偏見を生むことだけでなく、行動しない理由とて生み出せることでござる。

第1法則にて「チャンスを広げる」とあったが、その反対でござるな。

 

逆に、根拠はともかくとして行動を積み重ねることで結果的に運に繋げることができる。

 

拙者のソシャゲガチャの例にはなるが、極端な話、まったくガチャを引かなければレアカードが当たることなど起こらないのでござる。

拙者は無課金なので所持アイテム分しかガチャを回せないが、ソシャゲ限界界隈では

 

「ガチャは必ず当たる。なぜなら、当たるまで引くからだ」

 

なる名言が存在するくらいでござる。(知らんけど)

数撃ちゃ当たる戦法でござるな。

 

行動回数を増やす。

つまり、経験値を積んだ結果、本能的にいい選択やタイミングを選んだり避けたりできるようになる。

単純な試行回数が質のいい「なんとなく」に繋がるということでござる。

 

拙者の日常の行動として、無意識に「なんとなく」の恩恵を受けているかもしれない事例がいくつかある。

それが先述した、「人気店に並ばずに入れる」「信号に引っかからない」などでござる。

 

これらは行動パターンや直感的な選択が影響することもある。

経験則から無意識に混雑を避ける時間帯やルートを選んでいるのかもしれない。

 

絶妙なタイミングを無意識で掴めるようになるプロセスすら、とある「運のいい出来事」から育つのでござる。

 

さて、そうは言っても「なんとなく『だけ』」で行動してはマズい場面もある。

大きな契約だったり確実に数値を合わせないといけないような作業でござるな。

 

まぁ拙者はノリと勢いでワーホリしているので偉そうなこと言えませんが(笑)

  

正確性を求められる事案では「なんとなく」は許されないが、その日に入る店など、ハズレを引いたとしても大した痛手にならないものなら「なんとなく」で選ぶ感覚を練習することができる。

  

時には雑念を取っ払って本能の赴くままに選択してみるのもよいかもしれぬ。

第3法則:幸運を期待する

研究によると、「自分は運が良い」と信じている人は、無意識のうちにその信念を裏付けるような行動をとったり、状況をそのように解釈したりする傾向がある。

 

要は、「運が良い」と信じることが運を良くしている説。

これを心理学の分野では、「自己成就予言 (Self-Fulfilling Prophecy)」と言うそうな。

 

例えば、 街中で抽選会やキャンペーンを見つけたとき。

「どうせ当たらない」と思う人よりも「自分なら当たるかも」と思う人の方が、積極的に参加したりチャンスに気付きやすくなったりする。

 

また例えば、信号に差し掛かったとき。

引っ掛からなければ「ラッキー!」と強く記憶するが、引っかかったときは「まあ普通だ」と流す。

結果的に「自分は信号に引っかからない」という印象だけが強化される。

 

良い意味で都合のいい解釈をしやすいということでござろうか。

これは経験則で納得でござる。

  

現に拙者は自分のことを運がいいと思っているし、運がいい出来事が多い。

一方、弟はよく「どうせ無理やし」「そんな上手くいくわけない」と言っており、運要素のものに強くない。

しかし、本人が気付いているかは定かではないものの、拙者と違ってスポーツや仕事といった「努力」が必要な分野ではちゃんと結果を出している。

 

また、拙者も決して手放しでポジティブ思考というわけではない。

メンタル病んだことあるし、相変わらず撃たれ弱いし、我ながら愚痴っぽい。

 

運がいいというか、運しかいいところがないというか……。

ポジティブなんかネガティブなんかよう分からんやつ(笑)

 

社会的な成功や価値で言えば、明らかに弟の方が「上手くいっている」人間なのだが、本人がそう思うことができなければ成功経験は信じる力になってくれないのでござる。

 

少々不公平に感じられる話だが、真面目で現実的な思考の持ち主よりも、都合のいいことばかり覚えている調子乗りの方が「次の運」に繋がりやすいのかな。

第4法則:不運を幸運に変える考えを持つ

研究によると、運が良い人は不運に対して「経験になった」などのプラス要素を見出したりするなど、不運を捉え直す能力が高いらしい。

例として、ワイズマン博士はこのような質問を行った。

 

ワイズマン博士
ワイズマン博士

銀行強盗に遭遇し腕を撃たれた。

運が良いか? 悪いか?

運のいい人
運のいい人

運がいい。

頭だと即死だったから、腕でよかった

運の悪い人
運の悪い人

運が悪いに決まってる

 

このように、運の良い人と悪い人では捉え方そのものが異なる結果になったのだそう。

拙者としてはこの要素に助けられている部分があるので納得でござる。

 

拙者はこのブログをはじめ、趣味で小説執筆や音楽制作などを行っている。

悲しいことや不運な出来事があると、「悲しい」という感情も事実として存在するのだが、最終的には「いいネタになったぞい (^ω^)」と昇華させることが多い。 

また、ネタにし辛いものでも「失敗パターンのデータが取れた」と教訓にする。

 

これは持論なのだが、運が良い人は、冷蔵庫の残り物で料理するのが得意なタイプではなかろうか。(突然)

他でもない拙者自身がそうなのだが、どう活用すればいいのか分からんような残骸たちしか冷蔵庫に見当たらないとき、俄然一人暮らし歴8年の腕が鳴って止まない。

 

ありもしないのに「見せてやりますか、封印されし禁術を」などと厨二病全開のごっついひとり言セリフを放ち、カオスを更にカオスにする。

調理中は「広大な宇宙の謎を解き明かさんと日々研究に励むNASAの科学者より頭がいいのではないか」などと失礼極まりないことを本気で考えている。

 

たぶんアドレナリンドバドバでござる。

 

ちなみに、冷蔵庫の残り物で気まぐれクッキングした時に限って奇跡の一品出来がち(笑)

 

ちょっと何が言いたいのかワケワカメなのだが、要は「冷蔵庫に残り物しかない」という、世間一般では疎まれがちな状況に対して楽しんだり工夫りたりすることができる。

それが第4法則に当てはまる運の良い人の特徴だと拙者は思う。

 

ワイズマン博士の研究では「銃で撃たれた」という、現実に落とし込みにくいシチュエーションでござる。

それを限りなく生活臭のする状況に当てはめるたのがこの「冷蔵庫の残り物で料理」ではなかろうか(暴論)

 

逆説的にはなるが、運が良くなりたい人は手っ取り早く、冷蔵庫の残り物での料理を楽しむところから始めてみてはいかがだろうか。

ひょっとしたら柔軟な思考と、お料理スキルという副産物が手に入ったりするかも?

スピリチュアル視点も少しだけ

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ワイズマン博士の研究に沿った考察にプラスアルファで、最後にスピリチュアル視点で見てみよう。

この件に関してだけはchatGPTを始めとするAIから意見をもらった。

説明とか根拠とか言われても分かんねぇんよ。

 

まず、スピ界隈によると、複数のジャンルで長期間続くのは「ただの確率」だけでは片付かない話だそう。 

感受性が高い人ほど「運の波」に気付きやすく、「縁」「流れ」「巡り」が強い人であることが多い。

また、家族の中で同じ現象が起こる場合は「家系の運」の可能性もあるんだとか。

 

ほほう……。

 

拙者ね、スピ界隈は全否定ではないのよ。

しいたけ占いは好んでよく読むし。

星占いとか西洋占星術は面白いなと思っておりますよ。

 

それはそうと、占いの結果に対して「適当言ってんじゃねぇ」と思うことはある。

『BLEACH』だけやで、霊的エネルギーをベースに会話できるのは。(異論は認める)

 

疑いの目はここまでにして、まず、「家系の運」はこれも経験則的に違うと思う。

拙者以外の家族が何かを当てているところを見たことがなく、特に姉弟はどちらかと言えば運が悪い方。

拙者の運がいいから比較するとそう見えるだけで、もしかしたら姉弟の方が普通という可能性もあるが。

 

一方で、経験則として「運の波」「縁」「流れ」「巡り」とかは一理あると思う。

当たるときもあれば、当たらないときもある。

どうしようもなく当たり続けるときもある。

 

「流れ」とか「巡り」という考え方は、『運』という字の成り立ち的にも自然な感じがして面白い。

『運』の訓読みは「はこぶ」「めぐる」「めぐらす」などが代表的。

元来、『運』というのは流れたり巡ったりするのがあるべき姿なのかもしれない。

 

ここで更に面白いなと思ったのが、「運ぶ」のは人の手によるもので、「巡る」のは自然な動きであること。

本記事では行動や心理の面からも考察してきたが、現時点での拙者の解釈としては「運は自然現象に近い」でござる。

 

『運』という文字から繙くに、運というのはコントロールが及ぶ範囲と及ばない範囲があり、理屈か人知を超えた力かのどちらか一方だけで成り立つものではない。

この性質としては雨や風に始まる自然現象に限りなく近いように思える。

 

大雨や台風が起これば困るけど、普段は雨風の恩恵を受けている。

完璧にコントロールはできないけど、積み重ねた技術やデータによって予測と対策はできる。

 

『運』ってもしかして、怪しい力でも泥臭い行動の積み重ねでもなくて、ただの自然現象なのでは?

 

所詮、人間にできることなど精々、「ありがたや~」と「やれやれ、なんてこった」を反復横跳びすることくらいではなかろうか。

結局、『運』という概念・現象に振り回され過ぎず、ただあるがままに生きるのがよさそうでござる。

おわり

以上、「運がいい理由」でござった。

その背景を読み解くことで

・運を掴み、運を活かすことのできる行動力がある

・身近なチャンスに気付く心の余裕や観察眼がある

・タイミングなど、経験則を本能的にいかすことができる

・物事をポジティブに捉えることができる

 

という長所に気付くことができた。

自分の行動パターンが見えてきて、個人的になかなか楽しい考察だったぞい。

 

最近ツイてないなと思う人、ちょっと運の力を借りたい人、行動心理学に興味のある人。

そんな人たちは自分のパターンを観察してみてはどうだろうか。

そんでとりあえず冷蔵庫の残り物で料理してみようではないか。

 

ここまで読んでくれてありがとう。

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