闇より生まれて闇に散る、厨二病全開のこぼれ雨でござる。
読者諸君は夜、眠りにつく瞬間の「明るさ」について考えたことはあるだろうか。
拙者は暗闇過激派で、一筋の光も許せない闇堕ち芸人でござる。
個人的にはこれが普通だと思っているのだが、どうやら世界はそうでもないらしい。
友人には「明かり派」が多く、民主主義的に拙者はアイマスクを持参して共存するしかない。
明かり派曰く、光がないと不安で眠れないらしい。
興味深いのは、同じ家庭で育った兄弟姉妹でもこの違いが生じることでござる。
これは単なる好みや慣れの問題ではなく、もっと深いレベルの違いに由来しているのではなかろうか。
本記事では、就寝時に好む明るさの違いのメカニズムと背景、そして性格傾向との関係について整理する。
(※「暗所恐怖症」の前提はなしの話になります)
生理的な違い
人間の睡眠は、光によって強く影響を受ける。
特に「メラトニン」というホルモンは、暗くなることで分泌され、眠気を促す役割を持っている。
真っ暗派
- 光に対する感受性が高い
- わずかな光でもメラトニンが抑制されやすい
- 脳が「まだ活動時間」と判断しやすい
明かり派
- 光の影響を比較的受けにくい
- 明るさよりも「暗闇そのもの」がストレスになる
同じ光でも身体が受け取る意味が異なるのでござる。
光耐性少な目の真っ暗派は、寝る前のスマホ時間を意識的に絶ちたいものでござるな。
神経の働きの違い
明るさへの好みには、脳のどのシステムが優位に働くかも関係している。
どちらも「安全を確保するための反応」であり、優劣はない。
真っ暗派
- 外部の刺激に対して敏感
- 光や音があると意識が覚醒しやすい
- 刺激=処理すべき情報として認識する
明かり派
- 刺激が少なすぎると不安が増す
- 「見えないこと」に対する警戒が強い
- 視覚情報があることで安心する
認知スタイルの違い
心理学的な側面から見ると、「何をもって安全と感じるか」は強く反映される。
真っ暗派(内向処理型)
- 思考やイメージを内側で展開する
- 外部刺激はノイズになりやすい
- 静寂・暗闇で集中や没入が深まる
- 暗闇でパーソナルスペースが確保される
明かり派(外向参照型)
- 外部の情報で安心感を得る
- 現実を確認できる状態を維持したい
- 完全な遮断は不安を招きやすい
- 視覚情報の維持が生存本能的な安心
個人的には「暗闇でパーソナルスペースが確保される」がすごくしっくりきたぞい。
明かりが点いていると、周囲に敵が潜んでいるような気がして肩の力が抜けんのでござる……(←は?)
暗闇だと領域展開できてる感あって超・安心☆
想像力の使われ方の違い
同じ「想像力がある人」でも、その方向性によって影響が変わる。
この差が「暗闇=安心」か「暗闇=不安」かを分けているのでござる。
真っ暗派
- 想像は思考や創作に使われる
- 外界が静かなほど安定する
明かり派
- 想像が不安の補完に働きやすい
- 暗闇で「見えないもの」を補ってしまう
ちなみに拙者は真っ暗な中オフトゥンに入ると想像が自動的にスタートする。
没になることもあるが、音楽や小説のアイディアが湧き出て止まらないこともしばしば。
まごうことなき真っ暗派でござるな。
感覚処理の違い
感覚の扱い方の違いは特に注目すべきポイントでござる。
生理学的に見ると、これは脳の「感覚ゲート(情報を整理する関門)」の鋭さの違いになっている。
真っ暗派
- 光や色に敏感
- 情報が混ざるとストレスを感じやすい
- 環境をコントロールしたい
- 集中時にノイズを嫌う
明かり派
- 感覚の平均化が得意
- 環境の変化に対して安定しやすい
- 外界との接続を保つことで安心する
以前別記事で「音と視覚情報が多すぎて買い物できぬ~」的なことを書いたことがある。
情報が混ざる――もとい、物理的に多いとストレスに感じるのは、就寝時以外にも表れていたようでござるな。
まとめ
簡単にまとめると、この問題は
- 真っ暗派:入力を減らすことで安定する
- 明かり派:入力を維持することで安定する
ということでござる。
どちらも、「仕様の違い」であって、自分にとって最適な安全状態を選んでいるにすぎない。
真っ暗派ならアイマスクを使う、明かり派なら足元灯や間接照明に留める。
このように、互いに歩み寄るのが共存のコツでござる。
おわり
以上、就寝時の「真っ暗派」と「明かり派」の根本的な違いでござった。
読者諸君はどちらだったかな?
体感だが、拙者の周囲は圧倒的に明かり派が多いようでござる。
みんなダークサイドに堕ちようよ……|д゚)チラッ
就寝時の明るさの好みのの違いは、わがままでも神経質でもなく、脳と感覚の設計の違いでござる。
互いに「なぜ」を理解するだけでも、少しはストレスを減らせるのではないかと拙者は考えている。
この記事がそのお力になれたらと願うばかりでござる。
ここまで読んでくれてありがとう。



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