唐突だが、諸君らは星占いが好きか?
星占いを信じているか?
拙者はエンターテインメントとして星占いが好きであり、都合のいい部分だけ信じるタイプでござる。
「うっっっっっっっっわ、スピリチュアル系とかwwwww」
と思った方はブラウザバックしていただいても全然構わないし、とりあえず最後まで読んでから笑ってくれても構わない。
占い界隈に対する拙者の向き合い方(というほど大層なものではない)を一方的に語るので、よければお付き合いくだされ。
『星占い』ってなんや

まずお伝えしておきたいのは、この世の『占い』というのには手頃なものから生贄が必要なレベルのヤヴァイやつまでいろいろあるということでござる。
花占いとか血液型占いとかならその辺の小学生でも知っている。
(小学校高学年~中学生にこっくりさんが異常に人気なのはなんでなんやろ……)
そして『占星術』には数秘術やタロットを含む『西洋占星術』と、姓名判断や四柱推命でお馴染みの『東洋占星術』がある。
この中でも拙者がよくお邪魔するのは、西洋占星術の1つである『星占い』の詳しいやつでござる。
テレビで見かける簡易な星占いでは太陽星座(自分が生まれたときに太陽が通っていた星座)のみで、12個に分けた結果を届けてくれていることがほとんどである。
一方、細かい星占いでは、太陽、水星、金星、月、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星までの惑星(厳密には冥王星は準惑星)をフル活用する。
誕生時にそれぞれの惑星が位置していた星座や互いの角度などの細かい要素が、なかなかどうしてお洒落なカタカナ専門語で武装して待ち構えている。
なので、同じ日に生まれた人どうしでも場所や時間帯によって異なる結果が得られるというわけでござる。
とはいえ、紀元前のバビロニアで始まった西洋占星術もかつては実用的な研究の面が存在した。
現代と違ってデジタル機器など皆無だった時代、天を見上げて記録を取り、季節や潮汐の把握に活用していた。
天文学寄りだったと言えばなんとなく想像できるでござろう。
それが今日日、胡散臭いオカルト扱いになってしまった。
これは科学技術の発展の代償であり、無知な迷える子羊から楽して金を搾り取ろうとする詐欺師のご活躍の賜物と言えるだろう。
そろそろ令和も馴染んできた現代においても未だ根強い人気のある『星占い』だが、その信憑性はいかほどか。
星占いの信憑性は低いと思う

必ずといっていいほど問題になることだが、
星占いに信憑性などないと思っている。
古の天文家らが発見した星の位置や軌道などの法則性やらは実際に活用できるデータだとは思う。
が、神話とか星のもつ意味はちょーっと無理がある気がしてならぬ。
「この惑星とこの星座にはこんな意味があって~~」
って言うけど、その意味考えたの人間やん。
神話考えたの人間やん。
ついでに言うと、惑星って言うたかてガスとか岩石やろ?
そこに意味もへったくれもないやん。
全部人間が取って付けた説明。神秘もクソもない。
ただ物質としてあるだけでござる。
極論、お空の星を適当に繋ぎ変えて別の星座をデタラメに作ってしまえば、今ある星座も神話も何の意味もなくなるわけですから。
ホロスコープとてそう。
1人1人違うとか言うけど、同じ日に同じ病院で同じ時間に生まれたら同じホロスコープになりますやろ?
「出生図はあなただけのもの♪」なんてロマンチックなことはありませぬ。
とはいえ、出生図被りに関しては占い界隈でもちゃんと議論されているらしい。解釈としては、
「たとえ生まれたときの星の配置が同じでも、その先の人生の1つ1つの選択が違ってくるので1つとして同じものはない」
いやいやいやいや
それなら結局オンリーワンなのは「その人の人生」であって「出生図」ではないやん。
あれや。同じデータを元に量産した人工知能搭載ロボットでも個性に目覚めていくやつやん。
まあ出生図というのは
「あなたにはこんな素敵な要素が埋蔵されていますよ(※採掘できるかは保証しない)」
程度なので、未来予知とかではない。
その生まれ持った材料から何を選んでどう調理するかは人によりけりということである。
これを読んで「結局未来のことはぼんやり誤魔化すんかい!」と思った人がいても無理はないでござる。
実際拙者もそう思う。
なぜ拙者は占いを見たくなるのか
「じゃあなんで占いなんぞ見るねん」
という話になるのだが、それはひとえに拙者のコミュ力が低いからでござる。
生きていれば悩みと言うのはいくらでもある。
その悩み事というのは時に確固として立ち塞がるものであり、時に自分でも原因が分からない漠然としたものである。
とにもかくにも「不安」ということだけは確かでござる。
ちょっとした悩みや共有しやすい悩み、はたまた実はすでに自分の中で答えが出ている悩みというのは友人に話しやすいものだ。
けれど漠然と、それも突発的に不安になったときというのは誰にどう話せばいいのかよく分からなくなる。
解決策も求めていなければ共感してほしいわけではない。
ただ理屈抜きで自分のことをちょっとだけ好きになりたい。
楽しい気分のままお布団に入って1日を終えたい。
そんなとき、星占いとかいう「理屈は穴だらけなわりに、人類が太刀打ちできない宇宙というスケールがデカくて歴史の長い業界の力を借りることで、地球上の1生命体にすぎない人間の価値を力説してくる」脳筋スピリチュアルコンテンツに無責任な元気をもらいたいのでござる。

例えばやけど、拙者の出生図では月と天王星が60°の角度でござった。
ただそれだけの事実やのに、星占い界隈では
「月は感情や素の自分を意味する」「天王星は変革や解放を意味する」
ことになっているので、拙者は
「豊かな感性と独創性☆ 斬新な視点で物事を見ちゃうよ☆」
なーんて論理の飛躍とか言ってる場合ではないくらい褒められてしまうのである。
信じて。この文章シラフで書いてる。
念のため主張すると、別に毎日狂ったように星占いサイトを見ているわけではない。
上述したような「心は萎れてるけど人に会って解決したくない(むしろ人に会う方が疲れるまである)」ときにちょこっとお邪魔するくらいである。
あとは、今となっては退職したかつての会社で社内ニートをやってたときに見てたくらいでござる(笑)
このせいでプロの鑑定なしにある程度自分でホロスコープ読めるようになった(笑)
また、拙者のコミュ力はお察しの通りなので、店舗や電話で直接会話しなければならない系は使わない。
あくまで適当な星占いサイトの文章を読んで一方的に癒されにいってまする。
それと、拙者は決して占いにお金を払わない。
常に無課金で楽しんでいる。
もちろん課金して楽しんでいる人を否定・排除・追放する気は毛頭ない。
ただ、拙者の信条としては「無課金だからこそ、ある程度の冷静さとエンタメ性を保っていられる」のである。
占いでご飯食べてる皆さま、すみません……。
純粋に星は好きです。
そもそも占いとは関係なく星が好きでござる。
いかにも理系出身っぽいかっこいい蘊蓄を並べてその魅力を語りたいところだが、単純に綺麗だから好きなのである。
ここで「星は宇宙のゴミなんだがwwww」とか言うのはやめてね(笑)
自転車通学をしていた高校時代には、冬の部活動帰りには辺りは暗く、山の中だったこともあって星が良く見えた。
そんで、星に見とれていてチャリごと茂みに突っ込んだ(笑)
家に着いた時は暗くて分からなかったが、翌朝チャリを見ると前かごにめっちゃ枝刺さってたおり、それはそれは即席生け花のようでござった(笑)
山の中で周りに人がおらず、新たな犠牲者は出なかったものの余所見運転マジで厳禁!!!!

綺麗だから好きだと言ったが、星座のお話も面白くて好きである。
こちらは小説を読むときと同じで、ストーリーや世界観そのものを楽しんでいる。
88星座の中では特に冠座と海豚座のお話が好きでござる。
六分儀座なんかは新しめの星座なので神話ではないが、六分儀座を作ったポーランドの天文学者・へべリウスの小噺もほっこりしてなかなかよい。
一方でこんなこと書いたら各方面の信者に火炙りにされそうだが、ゼ〇ス神は節操なさすぎて無理でござる。
拙者は太陽星座が牡牛座なのだが、牡牛座の神話がゼ〇スヤリ〇ン伝説シリーズの1つで非常に悲しかった。
もっとほんわか愉快な牛さんのお話にしようよ~~~(。-`ω-)
逆に正妻のヘラは結構好きでござる。
子供の頃に読んだやつでは「嫉妬に狂うヒスBBA」みたいな書かれ方だった。
が、実際には蠍や蟹など自分の命令を忠実に実行しようとしたメンバーを、その結果に拘らず努力と功績を認めて星座にしてあげるので好印象を受けた。
大人になって改めて星座に関する神話を読むと、世間で推してる逸話と自分が好きだと思うものが違ってなかなか面白いなと思う。
そして最後に星座の良さを語る上でどうしても捩じ込みたい話題。
それは『仮面ライダーフォーゼ』である。
おまいら知ってるか⁉ 『仮面ライダーフォーゼ』!!!!!
2011年~2012年にかけて放送された神作やぞ?????
今となっては超有名人、福士蒼汰が主演で吉沢亮が2号ライダーをお務めになった、歴史ある作品やぞ????
前作の『仮面ライダーオーズ/OOO』のあまりの人気にプレッシャーも大きかっただろうに、それを感じさせないくらい今でも人気の作品でござる。
で、この『仮面ライダーフォーゼ』なんだが、敵のモチーフが星座なんでござるよ。
つまり!
星座がなければ『仮面ライダーフォーゼ』という神作は生み出されなかったわけなんですよぉぉぉぉおおおお!!!!(これが1番言いたかった)
昔の人、星座作ってくれてありがとう。
人生を良くする方法は他にいくらでもある
ろくに信じてもない星占いに同情を求める時間があるなら、社会で通用しそうなスキルを磨いたり新しいコミュニティに入って人脈築いたりしろよwwwww
そう言われてもぐうの音も出ませぬ。
でもね。
心身ともに疲れ切って動けない日もあるんです。
弁解しておくと、こうしてブログ始めてみたり、1次創作や2次創作したり、DTM始めてみたりしてはいる。
……全部趣味やけど。
己の心身を安定させるために実用なスキルを身に着けることは大事な戦略である。
だが、能力ではない「目に見えない部分」で自身を持ちたいときがあるのが人間の面倒くさいところだと拙者は思っている。
もちろん、占いで一時的にメンタルを保つことばかりしていても現状は変わらない。
だからこそ心身の調子がいいときには思う存分、外の世界で通用する技を磨き、疲れてしまった日には自分の内側を満たす。
このバランスを見失わないようにしたい。
高みを目指すのも休憩を挟みながらがいいよね(^ω^)
信憑性が低いからこそ

さて、今更なんだが占いの信憑性の話題に戻りたい。
ここで取り上げる占いとは西洋占星術だけでなく、この世に遍くあらゆる占いである。
実際に様々な占いサイトを訪れてみれば分かることだが、大抵のサイトでは
「なんでも占いを基準に考えるのはやめましょう」「実際に重要なのはあなたの行動です」
といったかんじの注意書きがちゃんと設けられている。
(そこまで読んでいる人が大半かは分からない)
占いは絶対を保証するものではないというのはプロだって分かっていることでござる。
むしろプロだからこそかな?
そう聞くと不安に思うかもしれないが、見方を変えれば「未来はいくらでも変えられる」という風に思えないだろうか。
ある程度不確定要素を残しておいてくれている点こそ星占いの良心的な部分だと言える。
もし占いの結果が、本っっっっっっっっっ当に未来が分かって確実性を保証するものだったら人々はどうなるだろうか。
己の未来をより良くしようと行動も起こさず、すべて占いの結果に丸投げするのではないだろうか。
拙者ならそうする(笑)だって楽やし。
分からないから考えるし行動する。
悩むから同じように悩んでいる人の気持ちを考える。
本当に未来が分かってしまったら人は自力で前に進むことを辞めて、時間や物事が流れてくるのを一方的に待つだけの肉人形になってしまいそうではないか。
西洋占星術に限らずだが、占いというのは遠い昔から存在する。
人間にとっては長い時間の中で、占いによって既に未来が分かるようになっていても不思議ではない。
その場合、人間の怠惰性に気付いた誰かしらが
「占いをほどよく胡散臭くしておこう」
と言って後世に残して今日に至っているとしてもそれはむべなるかな、でござる。
信憑性が低くてもいい。
信憑性が低いからこそ気軽に都合よく楽しめる。
信憑性が低いからこそ最終的には自分で行動する。
占いとかいう、怪しさのわりに世界中で今なお生き残り続けている長生きコンテンツの本当の魅力は
「人間の本質に先回りした信憑性の低さ」
にあるのではなかろうか。
おわり
本記事を読んでくれた人の中には星占いを普段から見る人、久しぶりに見てみようかなと思う人、俺はぜってぇ見ねぇよっていう人など様々だろう。
なんにせよ、拙者のご都合人生で辿り着いた答えはこうでござる。
星占いを筆頭とした占いと関わっていく上で大切なことは、
「占いそのものを信じるのではなく、占いを通して好きになった自分を信じる」
「インチキ占い師に騙されず、占いの結果に賢く・ほどよく騙される」
ということ。
その中でも、ちょっとだけ前を向きたいときに力を貸してくれる憎めない脳筋長寿コンテンツ。
それが星占いというものなのでござろう。
ここまで読んでくれてありがとう。
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