【解剖】季節外れの音楽を聴きたくなる心理

brain_headphone 雑記
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自覚のある天邪鬼、こぼれ雨でござる。

 

真夏にクリスマスソングを。

反対に、真冬に夏のパーティソングを。

 

このように、季節外れの曲を聴きたくなることはないだろうか。

 

残念ながら拙者自身は周囲にこういったタイプはおらず、むしろ変人扱いされたことはある。

 

しかし、どうしてもこの現象が起こるのである。

そこで、このメカニズムを考察してみたところ、その秘密は脳にあると推測された。

 

なぜ人は季節外れの曲を聴きたくなるのだろうか。

今日はこの不思議な現象を一緒に探っていこう。

そもそも季節ソングとはどんなもの

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まず前提として、季節ソングの特徴を説明する。

 

一番イメージしやすいのはクリスマスソングでござろう。

アップテンポなものやバラードに拘わらず、シャンシャンと鳴る鈴の音をつい思い出してしまった人もいるのはなかろうか。

 

他にも、夏だったらいかにもなパリピソングや、花火を題材にした切ない曲。

春は出会いや別れをテーマにしたものが多く、他にも桜をはじめとした花モチーフのものもある。

秋はマニアックなのか思いつくものが少ないのだが、哀愁漂う曲をいくつか存じ上げている。

 

また、近年では鉄板季節イベントに出世したらしいハロウィンソングやバレンタインソングなんかも、季節ソングに分類しても問題ないだろう。

 

ハロウィンソングなんて昔は一部のキャラソンでしか見かけなかったのだが……時代は変わるものでござるな。

 

拙者の思い出語りはさておき、季節ソングとはざっとこんなものでござる。

季節ソングの特徴

・情景が強い

・記憶と結びつきやすい

・匂い、気温、光もセットで記憶されることもある

 

こういった曲を聴くと、俄然気分が高まったり、より一層その季節を満喫できているような気持ちになる。

 

思うに、季節ソングとは音楽 → 季節の風景 → 感情という連想が起きるのでござる。

季節外れの曲が心地よい理由

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さて、以上説明した季節ソングだが、「季節ソングはその季節に聴くからいいんじゃないか」という意見はごもっとも。

旬という概念もありますからな。

 

だがあえて季節外れに聴くという、邪道な行為ならではの気持ちよさがあることも拙者としては事実。

その抗えない魅力の原因を、主に三つ紹介する。

ホメオスタシス

脳が一定の状態を保とうとする機能のことを「ホメオスタシス」、日本語で「恒常性」と呼ぶ。

 

暑いときに冬の曲、寒いときに夏の曲。

現実の気温や湿度とは逆のエネルギーを音楽で補給することで、心理的なバランスを取っていると考えてみた。

 

特に、猛暑や極寒といった過酷な環境では、人間の体はストレスを感じてしまう。

だからこそ、心理的な避難場所を求めて、実際の環境とは真逆の性質を持つ音楽を選ぶのでござる。

 

当然、音楽だけでは外界の物理的な温度や季節は変えられない。

しかし気分だけなら、単に暑い寒い以外にも調整を働きかけることはできる。

例えば静寂な冬に真夏の活動感を、反対に眩しい夏に真冬の仄暗さを求めたりすることもあるだろう。

 

脳は無意識に、音楽を「心理的環境調整ツール」として使おうとしているのではなかろうか。

記憶とのリンク

音楽には、記憶のタイムマシンとしての機能がある。

 

音楽は、海馬や扁桃体といった脳の部位を通じて、過去のエピソード記憶と強く結びついている。

特定の季節の匂いや、その時期特有の空気感を強烈に呼び起こす力を持っているのでござる。

 

親が昔の曲ばかり推してきたり、拙者らがいつまでも「平成の音楽こそ至高!」と老害ムーブをかましてしまうのも、これら「思い出補正」が香ばしすぎるが故。

 

拙者の場合だが、例えば冬に夏の曲を聴くとき、それはただ音を聴いているのではなく、「かつて過ごしたあの夏の高揚感」や「開放感」に浸りたいという儚い願いを叶えている……のかもしれぬ。

 

なんか自分で書いていて哀しくなってきた(笑)

 

読者諸君にもこうした経験はあるのではなかろうか。

 

例えば、学生時代の理不尽な部活動を頑張っていたときに鬼リピしていた曲。

これを大人になってから聴くと涙が溢れて止まらない、なんてことはないだろうか。

 

これこそが、音楽がもつ記憶とのリンク力でござる。

予測不能な刺激

リアルな季節に対するミスマッチな音楽は、脳への予測不能なスパイスになる

 

脳は常に「次に何が起きるか」を予測して報酬系を働かせている。

そんな脳にとって、季節と音楽が一致している状態は予測可能で退屈な刺激なのでござる。

 

一方、季節外れの曲を聴くことは、脳にとって適度な驚きと違和感もたらす。

意外な組み合わせは、適度な覚醒感や面白い体験をしたという、ポジティブな報酬を脳内に与えるのでござる。

 

例えば、夏の夜に、あえて冬の静寂を感じさせるバラードを聴く。

雪の降る日に、夏のビーチを連想させる曲を聴く。

 

こういう「逆張り」は、心地のいいズレやギャップという刺激になり、結果的に気分転換に繋がるのでござる。

「変わっている」と言われる理由

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「季節外れの曲を聴きたくなる理由」を解剖してきたが、もしかしたら読者諸君の中にはこの楽しみ方が分かる同士がいるかもしれない。

しかし残念ながら、拙者は実生活でこの感覚を理解されたことはない。

 

むしろ「変」と言われるのがお決まりでござった。

(だからと言って嫌な気持ちになるとかではないが)

 

というかそもそも、季節外れの曲を聴くことがなぜ一般的に「変」と認識されるのか。

 

拙者が立てた一説は「影響の受け方の違い」でござる。

 

多くの人は、外の季節 → 音楽という順で影響される。

しかし季節外れの曲を聴く人は、内面の気分 → 音楽という順になっているのではなかろうか。

 

要は、外基準か内基準かの違いでござる。

 

外基準の人は、「季節」という外的因子にマッチするような曲を選ぶことができる。

普段から外に意識が向いているからこそ、音楽以外の場面でも「周囲に合わせる」ということが得意だったりしないだろうか。

 

一方、内基準の人は「俺の気持ち!」という内的因子に曲を合わせにいく。

もしかしないでも、日常生活において何かを選ぶ場面では、多少和を乱してでも最終的に自分の気持ちを優先してはいないだろうか。

 

外の雰囲気に気分を寄せにいくか。

自分の気分が音楽に反映されるか。

 

マリアージュか、カオスか。

 

読者諸君はどちらに近いだろうか。

音楽の嗜好性から、隠された内面の片鱗が見えるかもしれない。

あえて季節外れの曲を選んでみては?

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最後に語りたいのが、「あえて季節外れの曲を選んでみては?」という提案でござる。

 

紹介した通り、季節外れの曲には脳への刺激を与える効果がある。

何かに行き詰っているとき、単に気分転換としてだけでなく、新しいアイディアを生むためのちょっとしたスパイスとして機能するかもしれない。

 

また、今やアルゴリズムによる検索結果や季節感から、音楽媒体そのものがその時に合った曲を提案してくれる時代でござる。

あえてそれに逆らい、自分の気分で選んだ非合理的な選択肢というのは、まだまだAIには真似できないだろう。

 

「自分で選んでいる」という感覚を取り戻す意味でも、ただ言われるがままに今の季節のプレイリストを流すのではなく、意識的に邪道なことをしてはどうだろうか。

 

最近周りに流されていると感じる人

なんとなく己の制御権を失っているように感じる人

創作に行き詰っていている人

インスピレーションの手掛かりが欲しい人

単に何かに反抗したい人

 

「季節外れの曲を聴く」という新たなライフハックをぜひお試しあれ。

おわり

以上、「季節外れの曲を聴きたくなってしまう理由」でござった。

 

季節外れの音楽をつい聴いてしまうのは、気分調整・記憶再生・脳への報酬といった、自然な心理現象によるものだと考えてみた。

 

もしかしたら周囲の人になかなか理解してもらえないかもしれないが、自分の内面に合わせて音楽を使っているという意味では合理的とも言えなくもない。

 

周りの評価を気にせず、季節外れの音楽を「心のサプリメント」として楽んでほしい。

 

ここまで読んでくれてありがとう。

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