突然だが京都弁と大阪弁にどのような印象をお持ちだろうか。
京都弁は品があるけど嫌みっぽい?
大阪弁は親しみやすいけどちょっとうるさい?
気付かない間に刷り込まれているそんな思い込みに今日はちょっと者申したい拙者でござる。
もし関西版アン〇ンマンがあれば
「いやいや、俺はそんな偏見に囚われる人間じゃないぜ~~」
と思ったそこのおぬし。
アン〇ンマンが関西版で制作されたとしよう。(唐突)
ここで
「しょく〇んまんとカレー〇ンマンはそれぞれ別の関西弁を話す」
と言われたらどんな答えに辿り着くだろうか。
おそらくだが、大抵の人はこうだろう
しょく〇んまん→品と嫌味のキメラ「京都弁」
カレー〇ンマン→なれなれしんせつ「大阪弁」
もし違う答えを思い浮かべた人がいたなら、あなたは方言キャラ付けへの勇敢なるレジスタンスの素質があると言えよう。
(余談だが、アン〇ンマン作品内には「おやこどんちゃん」という、大阪弁でCV. M・A・Oのくそかわいいキャラがいる)
話しを戻すが、両方言への世間一般のイメージはざっとこんなかんじでござろう。
京都弁
おっとりしている
上品
良い意味で色っぽい
回りくどい
胡散臭い
嫌みっぽい
大阪弁
はっきりしている
面白い
親しみやすい
馴れ馴れしい
下品
うるさい
こういったイメージが方言に付いていると、その方言を話す人、つまり京都人/大阪人にもそういったテンプレ的イメージが持たれてしまう。
方言によるキャラ付けというのは時に会話の糸口となるが、かなしいかな偏見となってしまうことも少なくない。
実際には京都弁の人でも活発な人はいるし、大阪弁の人でもおっとりした人や控えめな性格の人もいる。
なのになぜ京都弁/大阪弁、もといそのネイティブスピーカーへの暗黙の了解的偏見が蔓延っているのでござろうか。
メディアの影響
否定するつもりは毛頭ないが、やはりご当地系の番組や芸人さんの影響はかなり大きいと思われる。
が、それ以上に漫画やアニメなどサブカルの影響の大きさは計り知れない。
実際にどんな京都弁/大阪弁キャラがいるか見ていこうではないか。
拙者的「大阪弁キャラ」「京都弁キャラ」の代表
具体的に京都弁/大阪弁のキャラを拙者の平成メモリーズの中から挙げてみよう。(キャラ名 『作品名』)
京都弁
市丸ギン 『BLEACH』
ジョーカー 『黒執事』
明石国行 『刀剣乱舞』
御堂筋翔 『弱虫ペダル』
草薙出雲 『K』
勝呂竜士、志摩廉造、三輪子猫丸など阿陀宗メンバー 『青の祓魔師』
花開院ゆら 『ぬらりひょんの孫』
大阪弁
仮面の軍勢 『BLEACH』
キンタロス 『仮面ライダー電王』
妹尾あいこ 『おジャ魔女どれみ』
鳴子章吉 『弱虫ペダル』
ケロちゃん 『カードキャプターさくら』
桐生院ヴァン 『うたの☆プリンスさまっ♪』
影片みか 『あんさんぶるスターズ!』
服部平次 『名探偵コナン』
ここまで書くと拙者の趣味嗜好と年代が丸わかりであるな。(年代は特に隠してないけど)
思った以上に癖丸出しでござる。
上記キャラを「あ~分かる~」と唸りながら思い出の走馬灯を流せた人はおそらく拙者と同類だろう☆
「厳密には京都弁/大阪弁とは言い切れない妙な関西弁じゃね?」
となるキャラもいなくはないがそこは大目に見てもらうとして、全体的に
京都弁のキャラ
飄々としている
頭脳枠
二面性あり
大阪弁のキャラ
明るい
ギャグ枠
フレンドリー
といった雰囲気がぷんぷん匂ってくるでござろう。
先に予防線を張っておくと、拙者は例に挙げたキャラがみんな好きでござる。
また、彼らを生み出してくれた作者たちに敬意を払っている。
だが、実生活で方言による偏見を浴びるとちょっとばかり疑問を呈したくなるときがある。
方言キャラの必要性
例に挙げた以外にも世間には多くの京都弁/大阪弁キャラが存在する。
中には十分にキャラ設定練った上で必要だから京都弁/大阪弁を使うキャラもいるが、近頃ではキャラの差別化のための安易な使い方が増えてきた気がする。
差別化だけならまだしも、裏表のある印象を与えるために京都弁を喋らせたり、面白さや下品さを出すために大阪弁を喋らせたりするなど、本来ならキャラの行動や発言自体で表現してくれたらいいものを方言の悪いステレオタイプに乗っかっている感が否めない。
世間に京都弁/大阪弁のステレオタイプのイメージがある
↓
それにフィクション作品がのっかる
↓
それを見た人がなんの疑いもなく現実も同じだと思い込む
このように、実生活での誤解と偏見を加速しかねない無限ループが出来上がってきていると拙者は考える。
最終的にメディア情報を受け取る側が「これはあくまでフィクションや演出だ」と認識してくれているならいい。
しかし、どうしても引っ張られてしまっている人たちがいるのも事実だ。
実際に関西圏に住んでいて普段から京都弁/大阪弁に触れる機会の多い人はまだリアルとフィクションの区別がなんとなくつきやすい。
一方、作品の中でしか京都弁/大阪弁に触れない人はメディアが生み出すイメージを刷り込まれてしまいやすいのは無理もない。
少し脱線するが、似たような話として「特に意味のないオッドアイ設定」というのも最近増えすぎているらしい。
方言にしろ身体的特徴にしろ、手っ取り早いからとか流行りだからといった理由で採用してしまうのは少し考え直した方がいいのかもしれぬ。
(拙者もひっそり一次創作をする身としてキャラ設定の苦しみの1mmくらいは理解しておるぞい)
じっくり背景を練って生み出した方がキャラも自分も幸せなのではなかろうか。
実際の京都人/大阪人は?
とまあメディアによる京都大阪偏見の影響を述べてきたのだが、実生活ではどうか。
拙者は京都生まれ京都育ちなのだが、親は両方がっつり大阪の人である。
拙者自身は大学生になってから大阪に住むようになった。
ゆえに、大阪歴は人生の半分にも満たないのだが、出会う人々に
「え、大阪出身じゃないん」
と言われがちでござる。
それどころか、大阪生まれ大阪育ちの人にまで
「コテコテの関西弁やな」
と言われる始末。
こういった経験から、喋り方だけではその人の出身地を正確に当てることはできないと思っている。
また、今までの人生で、大阪人でも腹に一物以上ありそうな喰えない性格の人もいたし、京都人でも快活朗らかな人もいた。
方言というのは、フィクション作品においてはそのキャラのイメージを固定観念に近いものに誘導することができる。
だが、リアルライフでは方言もしくは出身地でその人の性格を決めつけるのは少々危険だというのが拙者の考えでござる。
ちなみに以下は蛇足というか愚痴になるのだが、拙者の母(大阪出身、現在京都住み)は大阪出身の人どうしで集まって
「京都の人ってほんま意地悪やんな~」
と、しょっちゅう盛り上がっている。
いや、あなたの子どもは京都生まれ京都育ちだが???
そう。
京都へのステレオタイプなイメージにここぞとばかりに乗っかり、京都下げを楽しむ大阪人が拙者の最も身近なところにいるので
「大阪の人はおおらかで付き合いやすい」
というのは幻想だということを知っている。
だが同じく大阪出身の父は京都を嫌うようなことを一度も言ったことがないので、本当に人によるんだと思う。
以上、蛇足兼愚痴でござった。
おわり
京都弁だろうが大阪弁だろうが、何かしら思い込みはされるし苦労もする。
この2つに限らずあらゆる方言、ひいては言語においても同じことが言えるのではなかろうか。
もちろん方言は萌えの宝庫であることに疑いようはないが、それだけに囚われず、まずは目の前の個人の人となりを大切にしたいものでござる。
そんで自分の方言を好きでいられたら幸せこの上ないでござる。
それと、ここまで書いておいてなんだが、どうしても最後に一言言わせてほしい。
「京都弁キャラの胡散臭さは市丸ギンの功績が大きすぎる」
最後まで読んでくれてありがとう。
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